
「マスター、食後はいつも通り紅茶でいいかね」
「うん、ありがとうエミヤ。……料理もできて紅茶も淹れられるとか本当何者なの。アーチャーじゃなくてバトラーだったりするの?」
「はは、そのようなクラスはないよ。言われ慣れている台詞ではあるがね」
「弓使うのかと思ったら双剣で戦ってるし、元は魔術師?魔術使い?だって言うし……クラス詐欺にも程があるんじゃないの?というかアーチャーとは一体……」
「そのじとっとした目線をやめたまえ。財宝を投げつけるだの、杖で殴るだのといったアーチャーよりは弓兵だと自負しているがね」
「ハッ、まさかエクストラクラス、オカンのサーヴァント」
「どうして――そうなった――」
「エミヤ先輩はお母さんの英霊だったんですか……!?」
「マスター!マシュの前でそのような発言は慎んでもらおうか!信じてしまうだろう!」
あはは、と笑いが漏れた。隣でおろおろとする可愛い後輩にはちゃんと説明しよう。
まったく、と呆れながらも淹れてくれた紅茶はとてもおいしい。
あまり紅茶には詳しくはないけど、おいしいというのに小難しい知識はいらないと思っている。
尤も作る側になるとそうも言っていられないのか。
ふぅと息を吐くと、厨房で何か作業中のエミヤ。あれはコーヒーだろうか。
「エミヤ?そのコーヒーってドクターの?」
「ああ、頼まれていてね。ケーキと一緒に持って行こうかと」
「そうかー。お願いね。甘いものでちょっと元気になってくれたらいいけど」
「ところでマスター、コーヒーに挑戦してみてはいかがかね?生クリームの菓子となら飲めるんじゃないか?」
「あー、うー、遠慮しておく。香りだけでいいかな」
「まあ、無理強いするものではないがね……味か?」
「それもあるけど。カフェインが効き過ぎるみたいで夜に目がさえちゃうんだよね……どうも苦手で」
「そうか。では私はそろそろドクターの部屋に向かうとしよう」
「お皿の片付けはやっておくね」
「頼む」
その話はこれでおしまい。特に何の変哲もない日だった。
グランドオーダーが始まったばかりの、近くて遠いような記憶。
わたしはコーヒーが苦手という、それだけの話。
「マスター?何をしている」
「巌窟王」
厨房に1人でいたら巌窟王に話しかけられた。
マシュやスタッフさん達に昼食を届けた帰りだと説明する。
その昼食を作ったのはわたしだということも。
「そうか。マスターはこれから食事の時間か?」
「うん。それでさ、1つ作り過ぎちゃってさ、よかったら一緒に食べてくれないかな?」
「……ああ、おまえが真に望むのであれば」
軽く笑って静かに席につく巌窟王。わたしも向かい側の席につく。
バレンタインのチョコのお返しにエミヤから貰ったレシピに挑戦してみたのだ。
グラタンにたけのこが合うのかは正直疑わしいけれど。付け合せに野菜スープも添えた。
いただきます、と食べ始める。
しゃく、といい音が巌窟王から聞こえた。
「……何だこれは」
「たけのこだよ。グラタンに入れてみたんだ。……あ!意外と合う!歯ごたえと塩っ気がちょうどいい!」
「……そうか」
「グラタンだけだとこってりしすぎちゃうこともあるからね。たけのこが入ったお蔭で飽きがこないなー。いくらでも食べられそう」
「……そうか」
「よかったスープもうまくできた。トマトはこういう時強いなあ」
「…………」
黙々と食べるわたし達。言葉少なに食べる巌窟王の表情は心なしかやわらかい。
他のひとにはあまり変化が見えないらしいが、わたしにはなんとなくわかるのだ。ちょっと誇らしい。
揃って食べるのが早い。もしかしたら合わせているのかもしれないけど。
所作も整っている。美形は食べる姿すら様になるというのか。睫毛長い。
グラタンを食べながらわたしは一体何を考えているんだろう。
「ごちそうさまでした」
「……マスター」
「ん?なに?思いつめた顔して」
「一心同体とはいえ俺の行動全てを模倣する必要はないだろう。俺はおまえの意に沿わぬことを為すつもりはない」
「んーと、なんのこと?」
「……コーヒーが苦手と聞いたが」
そのことか。バレンタインのお返しに彼からはコーヒーをもらったのだ。
確かにあの苦味は未だに慣れないし、苦手といえば苦手だけど。
すまなさそうな顔をする必要はないんだ。何故って、
「大丈夫だよ。巌窟王が淹れてくれたコーヒーなら飲めるから」
「しかし、」
「……本当だよ?実は今でもコーヒーは苦手だけどね、巌窟王が淹れてくれたものはおいしいって思う」
「……」
「淹れる人が変わるだけで違うのかなあ。わたしは専門家じゃないし詳しくはよくわからないけど、キミが淹れてくれたなら今度もまた飲みたいって思うよ」
「……」
「それにさ、お互い様でしょ?キミだって普段物食べることなんてないのに、わたしのだけ」
「……ククッ、クハハハ!そうか!そういうことか!ならば仕方あるまいよ!」
「でしょう?だから、ね、また淹れてよ。待ってるから」
「ハハハハ!いいだろう!いいだろう!……後悔はするなよ?」
「しないよ。キミが相手だからね」
ニヤリと笑ってやる。彼の笑みもまた凶悪になる。
これも共犯というやつだろうか。こんなことが1つ増えるたびに愉しくなってくる。
食器の片付けをするためにお皿をさげようとすると、わざわざ耳元に唇を寄せてきた。
「また寄越せ。全て喰らい尽くしてやろう」
「――!!」
これだからこの男は!またすぐにでもやってやる!
お望みとあればいくらでも!
