
それはまだ数日前のこと。魔術王の玉座にて多大な犠牲を払い、私たちのグランド・オーダー――人理焼却を阻止するための旅は、ようやく終着点を迎えた。
しかし人理修復が成された直後、1年の空白を知った世界中はもちろん大混乱。その原因の渦中にあるカルデアはひっきりなしに訪れる来賓の対応・説明に追われ、戦争は戦っている間より事後処理の方が大変なのだという事実を身をもって味わっている。
そしてそれは、人類最後のマスターとして奔走した私も例外ではなく。
「こちらとしても大変遺憾な話になるのだけど……どうも魔術協会は、君一人で時計塔に来てほしいらしい。」
ようやく来客が落ち着いた深夜近く。珍しく微妙な表情を浮かべたダ・ヴィンチちゃんに、私はそんなことを告げられていた。
「私ひとり……カルデアの職員もサーヴァントも連れずに、ってこと?」
「そういうことになるね。いいかい、立香ちゃん。君は今、君が思っている以上にこの世界において重要な人物であり、そして警戒すべき人物だ。なんせ本来なら一人でも余りあるサーヴァントを、何十人も使役する資格をもっているんだから。」
ダ・ヴィンチちゃんの言葉にはあ、と何となく気の抜けた返事をしてしまう。オーダーの最中は無我夢中で何も考えずにやってきたからか、そういったことを話されてもいまいち実感が湧かない、というのが本音だった。
「そして、その世界的に危険な人物である立香ちゃん、ひいてはカルデアと和平条約を結ぶことが、今回の向こうの目的ってわけさ。表向きはね。」
「表向き……って怖いこと言わないでよ、ダ・ヴィンチちゃん。」
「それは失礼。でもそれは、限りなく現実のものだと思ったほうがいい。サーヴァントならともかく、人間のスタッフさえ連れて来るな、なんてどう考えてもおかしいだろう?」
それはまあ、確かにそうだ。何せ向かう場所は魔術協会の本拠地、時計塔。本来なら私や数人の魔術師程度、何か企てたところで簡単に返り討ちにされる場所だ。よっぽど用心深いのか、それとも何か知られたくない事があるのか、と考えるのが普通なのだろう。
……頭では分かるが、やはり実感が湧かない。令呪があるとはいえ私自身は並の魔術師なわけで、あの魔術協会がそこまで警戒する人物だとは思えないのだ。うーん、と考えてから縦に頷く。
「取り合えず、魔術協会に行って和平条約を結んでくればいいんだよね?なら、私だけで大丈夫。一人で行ってくるよ。」
「いーや、ダメさ!そんな危険が分かりきった真似、君が許しても私や他のサーヴァントが許さないとも!というわけで、君の供を一人のサーヴァントに頼んでおいた。明日出発前に落ち合ってくれ。」
一瞬、ダ・ヴィンチちゃんの言葉に体が固まる。そしてその言葉を理解してから「え!?」と叫んで思わず身を乗り出す。
「つ、つまり魔術協会の言いつけを破るってこと!?それはさすがにまずいんじゃ……!」
「君に何かあった時の方がまずいに決まってるだろう?というわけだから、君は明日に備えて英気を養ってくれ!アデュ~☆」
ぺいっとつままれてダ・ヴィンチちゃんの工房から追い出されてしまった私は、しばらく扉を見つめてから一人で溜息をついた。この分だと明日着いて来てくれるというサーヴァントも教えてはくれないのだろうし、結局今の私ができるのはダ・ヴィンチちゃんの言う通り部屋に戻って英気を養うことだけ、というわけだ。
魔術協会の言いつけを破るということに一抹の不安と罪悪感を抱きながら、私は部屋に戻り、ちっとも落ちない瞼を無理矢理閉じることにした。
「で、君がダ・ヴィンチちゃんに選ばれたサーヴァントってわけね……。」
翌日。寝不足のままカルデアの玄関口に向かうと、そこにはすでに昨日ダ・ヴィンチちゃんに教えてもらえなかったサーヴァント――巌窟王エドモン・ダンテスが、柱に背を預け退屈そうに立っていた。
彼は私の第一声を聞くや否や、私を見据えたままハッ、と鼻で笑う。
「不服そうだな?お前が拒むのなら、オレはお前を一人で行かせても構わんが?」
「いや、別に不服ではないんだけど……よりによって随分血気盛んなサーヴァントを選ぶなあ、と……。」
今日は大事な交渉の場なのだから、てっきりカルナや天草といった穏やかな部類が着いて来てくれるのだと思っていたのだ。いや、巌窟王も噛みつかれない限りは比較的穏やかなのだが、どうも彼が血統と家柄を重んじる純粋な魔術師という存在に対して好意的とは思えない。
私のそんな失礼な心の声が見透かされていたのかジロリとこちらを睨む巌窟王に気が付き、私は慌てて声をかける。
「と、取り合えず。今日は念のためってことで着いて来てもらったわけだから、霊体化して大人しくしててね!サーヴァントとかカルデアとかを馬鹿にされても堪えてね!」
「ああ、もちろん。マスターの言いつけには従うとも。英霊どもやこの場所をコケにされても黙っていればいいのだろう?」
「うーん、何か怖いなあ……。」
どことなく含みのある巌窟王の言い方に引っかかりを覚えるが、すでに魔術協会の迎えがカルデアの外に来ているはずだ。ここで言い争っている時間は無いと、私はゆっくり深呼吸をする。
「よし、じゃあ行こうか。今日はよろしくね、巌窟王。」
すでに霊体化している巌窟王に声をかけ、ゆっくりとカルデアの外へと繋がる扉を開ける。
そうして、長い一日が始まった。
「遠いカルデアからようこそお越しいただきました、藤丸立香様。」
カルデアを出発して数時間。時計塔の入り口で私たちを迎えてくれたのは、今日のこの訪問で通訳を務めてくれるという男性だった。恭しく礼をされ、こちらも慌ててお辞儀を返す。
「は、初めまして。本日はありがとうございます。私がカルデアのマスター、藤丸立香です。」
「顔を上げてください。あなたは人類を、いえ世界を救った功労者。そう固くならないでください。」
その言葉にまだ緊張で笑いきれない表情のまま、恐る恐る顔を上げる。通訳の人はにこりと微笑んで、「こちらへどうぞ」と私を時計塔の中へと導いた。
時計塔。ここに訪れるのは初めてのことではない。とはいっても、あの時の時計塔は崩壊していて、時代もだいぶ前だったけれど。それでも、かつて救った土地をこういった形で訪れることができることは、私にとってとても幸福なことだと思った。
かつ、かつ、と二人分の足音が廊下に響く。立ち入りが禁止されているのか、時計塔の奥へ進むほど他の魔術師の姿を見かけなくなっていく。自覚は無いがどうもVIP待遇を受けているらしく、たどり着いた扉はとても豪奢に飾り立てられており、私でも分かるほどに厳重な結界が張られているようだった。
通訳の人が英語で声をかけ扉を開ける。中へどうぞ、と促され、私は息をのみ大きな扉を潜り抜けた。
「こちらへお座りください。あの方々は日本語を話すことができませんので、ここからは私が通訳させていただきます。」
そう言われるがままに椅子に腰かけ、おどおどと頭を下げる。
恐らく彼がこの場で最も偉いのだろう、目の前には椅子に座り笑顔でこちらを見る初老の男性が一人。それからその人に仕えるように脇に立つ男性が二人。合わせて通訳の人と、合わせて4人の視線が一気にこちらに集まり、嫌でも委縮してしまう。
「初めまして、世界の救世主。まずはお礼を。我々人類をその小さな体ひとつで救ってくださり、本当にありがとうございます。」
「い、いえ……。私がマスターになったのは偶然ですし、私がこうしてここにいるのは、カルデアの職員、数多の英霊、それから……優秀なドクターのお陰です。」
私だけの力ではないのです。そう言葉を告げると、目の前の男性が微笑んだままゆっくりと首を横に振る。
「それは違う。数多の英霊と契約し、使役し、世界を救ってみせたのは君だ。カルデアの職員達に替えは効いても、令呪を持つ君だけは替えが効かない。君だけが唯一無二の存在なのだ。」
「……それは……。」
それは、違う。そんなわけがない。カルデアの職員はあの絶望的な状況の中で、私たちが万全に旅を出来るようにと寝ずにバックアップをしてくれた。例えその技術に替えがあっても、その精神力と時間は絶対に替えが効かないものだ。
そう思わず叫びそうになる自分を、拳を握ってぐっと堪える。……巌窟王に耐えろと言ったのは私だ。私が台無しにするわけにはいけない。
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、目の前の男性は満足そうに頷いて、横に控えていた男性に何か指示を出した。そして指示を出された男性が、一枚の紙を私の目の前に置く。
「今日お越しいただいた理由である、和平条約の契約書です。」
和平条約。もちろん私もそのつもりで来たのだが、目の前に置かれた紙に思わず動揺してしまう。
「……よ、読めない……。」
少なくとも日本語や英語ではない。契約書と言うぐらいだからてっきりこちらの母国語で用意してもらえるものだと思っていたが、どうやら読みが外れたらしく、紙には私が読み解くことのできない文字が羅列されている。
「日本語ではなく申し訳ありません。これを受理する上司の母国語がフランス語のものですから。」
「あ、そうなんですね……。」
なるほど、これはフランス語で書かれているらしい。
通訳の人はそう告げた後、にこりと笑って更に言葉を続ける。
「カルデアのシステム・及び英霊、マスターを魔術協会の不利益となる事象に使用しないこと。また、魔術協会もカルデアの不利益となる行動を取らないこと。書いてあるのはそういったことですので、どうぞ安心してサインを。」
「あ、はい……ありがとうございます。」
手渡されたペンを握り目の前の紙と向き合う。
……ふと、おかしな気配がした気がした。この部屋にはかなり高度な結界が張られており部屋の中にも魔力が充満しているのだが、それとはまた別の、魔力の気配。不思議に思い意識を集中させてみるが、やはりそれは気のせいだと思えるほどに微弱なものだった。
「どうしましたか?どうぞ、サインを。」
「す、すみません。」
思わずぼんやりしてしまっていたところを促され、再び書面に目を向ける。……大丈夫。これは魔術協会にも、そしてカルデアにも利のあることのはずだ。所長が亡くなってしまった今、魔術協会からカルデアの存在が糾弾されないというのはプラスに他ならない。
私はゆっくりと息を吐き、手の震えを抑えながら紙にサインを書こうと――
「待て。」
――書こうとした手を、背後から誰かに掴まれる。
いや、この声は知っている。聞いたこともないほどに怒気を孕んだその声は。
「がっ……アヴェンジャー!?」
霊体化して事を見守っていたはずの巌窟王が、確かな怒りを携えて現れていた。
「なっ、サーヴァントだと……!?」
「貴様、こちらとの約定を破ったな……!?」
突如現れた英霊に場は騒然となる。本来サーヴァントを連れて来ることは禁止されているのだからこそ当然だ。
痛いほどの力で右手が掴まれている。私はそれを堪えながら、慌てて巌窟王に声を掛ける。
「あ、アヴェンジャー!急にどうしたの!?」
「……ク、」
「……え?」
「クハ、クハハ。クハハハハハハハハハ!!!!」
巌窟王は茫然としている協会の人や私のことを置き去りにして、心底楽しそうに高笑いを上げる。協会の人は警戒したように臨戦態勢を取りながら、こちらを睨みつけている。
やがて高笑いを終えた巌窟王はゆっくりと顔を上げ――その瞳は、まるで射殺すように魔術協会へ向けられていた。
「……貴様らは今、この娘に何をしようとした?」
巌窟王が紡いだ言葉は私の母国語でも英語でもなく聞き取ることができなかったが、しかし目の前の男性たちには確かに通じているようで、眉間に皺を寄せて巌窟王に声を荒げている。
「オレがこの場にいたこと、そして我が名を知った上で行ったのだとしたら、成る程!とびきり気の利いたジョークだなァ魔術師風情が!」
「貴様……何が言いたい!」
「何が言いたいか、だと……?クハハハハ!ならば言ってやろう!」
巌窟王はようやく私の腕から手を離し――止める間もなく目の前の契約書を手に取り、それをそのまま破り捨てた。
「貴様らは!今!オレの目の前で!この娘を悪辣なる罠に嵌めようとしたな!」
巌窟王のその言葉に、協会側が本格的に敵意と殺意を露わにする。
唯一、誰の言葉も分からない私がこの場から取り残されている。私は何が起きているのか分からず動揺したまま巌窟王のコートを掴む。
「ねえ、アヴェンジャー!何が起きてるの!?私にも分かるように話して!」
「マスター、先ほどの契約書は和平条約などではない。一種の封印用の魔術だ。これにサインしたら最後、意志も力も奪われコイツらの傀儡と成り果てていたぞ?」
「なっ……!?」
それはつまり最初から和平条約など結ぶ気はなく、私たちのことを騙していたということだ。
供を認めなかったことも、部屋に厳重な結界が張られていることも、契約書が読めなかったことも――全部、私を騙すために行われたことだったのだ。
「私を……カルデアを騙していたんですね。」
「っ……!それがどうした!貴様らこそこちらの約定を破りサーヴァントを連れてきているではないか!我ら魔術協会を謀り無事に帰れると――」
「――黙れ。」
巌窟王の低く、怒気を孕んだ声が場を遮る。
彼の威圧感に怯んだ協会側が黙り込み、部屋が静寂に包まれる。
「我はアヴェンジャー。悪辣なる罠を仕掛けのうのうと生きる人間共に報復せんと、恩讐の炎と共に現界せし永久の復讐鬼。」
巌窟王が私を背に隠すように、前へと歩み出る。
「無事に帰れると思うな?――ああ、安心しろ。我が燃え盛る怒りの炎で、一人残らず焼き尽くしてやるとも!」
――本気だ。
巌窟王は本気で怒っている。そして焼き殺す、というのも決して冗談でも脅しでもない。このまま放っておけば間違いなくこの場にいる者どころか、時計塔にいる者さえ無事じゃ済まないだろう。
そう思った私は――右手を掲げ、声を張る。
「令呪をもって命ずる!止まれ、アヴェンジャー!」
「……っ!」
令呪が光を放つと共に、今にも男に襲い掛かろうとしていた巌窟王の動きが止まる。巌窟王は協会側への警戒を解かないまま、忌々しく私を睨みつける。
そんな巌窟王に気が付かないフリをしたまま、私は彼の隣へと歩みを進め頭を下げる。
「……私のサーヴァントが失礼しました。ですがお互い話ができる状態じゃなさそうですし、和平条約に関してはまた後日……ということで良いですか?」
「なっ……小娘如きが我らに指図すると!?」
「それとも、この場で私を殺しますか?それでも構いませんけど……。」
ちらりと隣に目を向けて、その心底不機嫌そうな顔にニコリと笑いかける。
それから先ほど座っていた初老の男性に視線を移し、静かに、ハッキリとそう告げた。
「――私のサーヴァントは強いですよ?」
あの騒ぎの後。どうにか無事に解放されたものの、当たり前だが帰りの送迎は出なかった。なので私たちはここロンドンから、飛行機やらなんやらでカルデアに帰らなければいけないらしい。一体何日かかるだろうかと、はあと大きなため息を吐く。
……それから、落ち込むことはもうひとつ。
「……ごめんね、巌窟王。」
実体化したまま隣を歩く巌窟王にそう呟くと、何がだ、と感情の読めない声で返される。私は先ほどのことを思い出しながらゆっくりと口を開く。
「みんなの言った通り、私が甘かった。……私だけならともかく、カルデアまで危ない目にあうところだった。」
前にダ・ヴィンチちゃんが言っていた。カルデアがどこからも手を出されていないのは、英霊召還システム、ひいては数多の英霊と契約したマスターである私が脅威だからだと。
もしそれが無くなってしまえば、世界さえ滅ぼすことができるカルデアはすぐさま解体されるだろう、と。
「今回無事だったのは巌窟王がいてくれたお陰だ。だから……ごめん。私がもっと人を疑っていれば、こんなことにもならなかったのに。」
「……それは誤りだ、マスター。」
不意に立ち止まった巌窟王につられ、思わず足を止める。私を見つめる巌窟王の瞳に、もう先ほどまでの怒りは無い。
「人間は例外なく醜いものだ。自身の欲のために同胞を騙す。そして、とある男はそれを知らないが故に地獄へ落とされた。」
「……巌窟王。」
ああ、彼は、私たち人間の醜さをよく知っているのだろう。彼から見たら人をすぐに信じてしまう私は、きっと見ていられないほどに愚かに違いない。
思わず俯く私の頭上に、だが、と声が落ちる。
「我が名は巌窟王。悪辣なる人間を煉獄の炎で焼き尽くさんと舞い戻った復讐鬼。そして、今はお前のサーヴァントだ。故に……お前の恩讐は、全てオレが司ろう。」
巌窟王のその言葉に、俯いていた顔を再び上げる。
「他者を疑うことより、他者を信じることの方が困難だ。だが、お前をそれを簡単にやってのける。……それは、俺には出来ない事だ。」
「でも、それで今日はこうやって騙されて……。」
「構わん。お前は、それでいい。……俺はお前のサーヴァント。俺がお前の分まで人を疑えば、それで問題は無い。」
それは、なんと悲しくて――なんと優しい言葉なのだろう。
思わず泣いてしまいそうな自分をぎゅっと唇を噛んでこらえ、じゃあ、と巌窟王に言葉を返す。
「私は巌窟王の分まで、人を信じ続けるよ。それでお相子。……それでいい?」
「復讐鬼たるオレに人を信じる心など必要は無いが……だが、構わん。お前はそれでいい。」
きっと彼が生前に捨ててしまったもの。幸福に生きてきた私が、今まで出会うことがなかったもの。
それらを補うように私たちは笑い合うこの光景は、なんと希望に満ちたものだろうか。
「じゃあまた今日みたいなことになっても、巌窟王がいる限り大丈夫だね。」
「ああ、そうだな。つまり、お前が警戒すべきはこのオレ一人でいいというわけだ。」
「? それはどういう――……」
そう、問いかけようとした時。
今まで私を見下ろしていた巌窟王の顔が段々と近づき――そして、彼はまるで噛み付くように、私の唇にキスをした。
驚きのあまり動けずにいる私を見ながら、巌窟王は面白そうに笑う。
「オレがオレ自身を疑うことはできんからな――精々、オレを警戒しておけよ?」
まるで私が悪い、と言わんばかりのその言葉。
ようやく我に返った私は何も言い返すことができず、ただ真っ赤に染まった頬を見られないように顔を逸らすことしかできなかった。
「ハハハ、マスターのご機嫌を損ねてしまったか?」
「ううううるさいな!損ねてないよ!……いいからカルデアに帰ろう、巌窟王。」
「……そうだな。」
呟かれた返事があまりにも優しくて思わず振り返ると、巌窟王はとても柔らかく微笑みながら、瞳をこちらに向けていた。
金の瞳に、夕暮れのオレンジが反射してきらきらと光を放つ。それはまるで、道を照らさんと煌々と燃え盛る炎のように――。
