
マシュに起こされ、寝惚け眼を擦りつつ着替え、その後欠伸をしながら食堂へ向かう。
そして食堂にて、朝は和か洋か他の何かか、と訊かれてるのでそれに応え席に着く。
カルデアにいる時の朝はこれがわたしの基本的な流れである。
今日の朝も同じような流れで、エプロン姿でお盆を持ったアーチャーのエミヤがわたしに訊ねた。
「おはよう、マスター。今日はどうする?」
「おはよう。えーっと、じゃあパンで」
「了解した、飲み物はいつも通りだな」
「あ、いやちょっと待って、コーヒー、コーヒーをお願い」
手慣れた様子でキッチンへ向かうところを呼び止め、飲み物の変更を要求する。
彼は意外そうな顔をしたがそれは一瞬で、分かった、と頷き行ってしまった。
因みに、いつも通りとは紅茶のことだ。朝が和の時は緑茶、洋の時は紅茶が常である。それを変えたものだから驚くのも無理はないだろう。
キッチンへ向かう彼を見送りつつ、空いている席に座った。
ご飯が運ばれるまでは周りにいるサーヴァントに挨拶をしたり今日の予定を話したりしている。これもいつもと変わりない。
そうこうしている間にコトリと、わたしの目の前に朝ご飯が置かれた。
「ご主人、おはようなのだな。それたっぷり食べるがよい」
「あ、おはようキャット。有難うね」
「いやいや、これがアタシの役割のひとつ、気にするでない」
では何かあれば呼ぶワン! と元気よく言って、キャットことタマモキャットはキッチンへ戻って行く。尻尾がひょっこひょっこと動いていた辺り、今日の機嫌はまずまずといったところか。
それはさておき、わたしは置かれた朝ご飯に向き直った。
所望通りのパンにコーヒー、そして目玉焼きやサラダなど……栄養に偏りがない献立になっている。相変わらず抜かりないと感心しつつ、いただきます、とご飯に手をつけた。
「あれ、先輩がコーヒーなんて珍しいですね。というか初めて見ました」
夢中で食べていると、お盆を持ったマシュに声をかけられる。
お盆の上に皿が乗っているので、ご飯は食べ終えているみたいだ。まあ、わたしを起こしに来ているので、先に済んでいるのは当然なのだが。
「あ、うん、たまには、ね?」
「何が美味しいんだろう、苦いだけだーって言っていたのに」
「うぐっ! そ、それは忘れて! ホラ、味覚は変わるものだから!」
「そう簡単に変わる訳では……でも、ふふっ、そうですね」
「あー、もう、わたしのことはいいから早くお皿置いてきなよ」
微笑ましそうにわたしを見るマシュを促して、どうにかこの場を離れさせた。
そう、わたしがコーヒーに対する感想はマシュの言う通りである。そもそも今までずっと紅茶を選んでいた辺りコーヒーが苦手なのは明白だ。
しかしコーヒーを選んだのにはきちんと理由がある。
その理由は我ながら現金だと思うが、ともあれ、いざっ、とコーヒーに口を付けた。
「………………」
苦い。ブラックだから当たり前なのだが。
言葉にはしていないが、思いっきり顔をしかめている、というのは傍から見なくとも分かってしまった。
やはり人の味覚はそう簡単に変わるものではない。
たまらず備え付けてあったミルクと砂糖に手を伸ばし、コーヒーを飲み干した。
ごちそうさまと、お皿を返しに行くと、アーチャーのエミヤがいたので彼に託す。
ミルクと砂糖の残骸を見たのか、ふっと口元が緩んでいた。親が子の成長を見守っている……そんな表情だった。それを見たわたしが逆にいたたまれなくなり、早々に食堂をあとにする。
ひとまず、今日の準備のために一度部屋へ向かった。
「おはようマスター、いい朝だな」
何故か、わたしの部屋のドアすぐ横にアヴェンジャー・巌窟王 エドモン・ダンテスが壁に身体を預けて佇んでいる。
びっくりしたが、おはようと挨拶をされたので、取り敢えずおはようと返した。
「どうしたの? もしかして急用?」
「いいや、少し小耳に挟んだことがあってな、それを確かめにきただけだ」
はて、何か特別なことがあっただろうか? うーんと首を傾げながら、準備があるのでドアを開いて入る。当然の如く彼はわたしのあとに続いた。
昨日は就寝前まで一緒にいたので、わたしが起きてからここに来るまでか、それとは別に何かやらかしたか……。
しかし思い当たる節が全くない。準備をしていた手を止めて、訊ねようと彼の方へ向く。
すると、
「ッ!?」
身体が引き寄せられ、いつの間にか彼の腕に収まっていた。
驚いてばたばたともがくも、更に力を加えられる。人間とサーヴァント、ひいては女と男、力の差は歴然としている。それを自覚し、すっとおとなしくした。
「ああ、やはりか」
「一体なんだっていうの……」
「朝はコーヒーを飲んだか」
「それがどうかしたッ……ん!?」
確かに飲んだがそれがなんだというのだ、と思っていると、顎をくいっと持ち上げられ流れるような動作で口を塞がれる。
彼の整った顔が視界いっぱいに広がっていた。
睫毛長いな、などと思っておる間に、彼の舌はわたしの口腔内に侵入する。引っ込んでいたわたしの舌を強引に絡め、散々弄ばれた。
「ふっ、味覚はまだまだお子様のようだな」
「ん……急にしないで、よ……しかもお子様、は余計……」
「事実だろう? おかげで俺の口の中はかなり甘いぞ」
「勝手にした、エドモンが……悪い。それに、砂糖の数とミルクは好きにしろって言ってた、じゃない……」
「クハハ、確かに言ったな」
朝、食堂では初めてコーヒーを飲んだが、それより以前一度だけコーヒーを振る舞ってもらったことがある。
日は、バレンタインデーの次の日、しかも早朝、場所はここ、わたしの部屋。振る舞ってくれた相手は、今まさに目の前で笑っている彼――巌窟王 エドモン・ダンテスだ。
バレンタインデーにカルデアにいるサーヴァントや職員にチョコレートを配っていたが、彼なりのお返しだそうだ。ホワイトデーには早いがともかく、淹れ立てのコーヒーをわたしにくれた。
その際に言っていたことをそっくりそのまま返したら、そういえばと笑ったのである。
「で、どういう風の吹き回しだ?」
「いや、別に、気分だよ、気分」
勿論嘘である。
彼がコーヒーをずっと飲んでいたのは無論知っていた。一緒に飲めたらいいなあとずっと思っていたが、その気持ちが更に強くなったのはお返しをもらった時だ。
あの朝、初めて彼と共にコーヒーを飲んだ。彼はブラック、わたしは一口飲んで砂糖とミルクを投入した。
それはそれで美味しかったし、楽しかったが、味覚の違いになんだか悔しくなり、コーヒーに慣れようと今日の朝コーヒーを所望したのである。
彼にはバレているのだろうが、笑って何も言わない。
「とにかく! この話はおしまい! ほら、今日のクエストに行くからもう離して?」
「む……俺はもう少しこのままでもいいのだが……まあ一仕事した後のコーヒーも格別だからな」
そう言って彼はわたしを開放してくれた。
その口ぶりからクエスト終わりに彼はわたしと一緒にコーヒータイムを設けてくれるようだ。
「有難う、エドモン」
思いがけないご褒美にぽつりとお礼を言って、笑った。
「さーて、今日も元気に狩りますか!」
「無論、俺も行くのだろう?」
「あったりまえじゃない、さっきのぶんを含めて働いてもらうよ」
「ふっ、それでこそ俺のマスターというものだな」
